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セミと非リアはほんとうに「可哀想」な生き物なのか

残暑が厳しいですが、皆さまお変わりございませんか?
今日はわたくし、なつめが観察・研究した事を発表したいと思います。
まず初めに、わたしが近くの公園で見かけた光景をお聞きください。

 

季節外れの一匹のセミが、過ぎ行く夏を惜しむかのように大きな声で鳴きだしました。
それを聞いた4歳くらいの男の子。
「あっセミだっ!」
パッと顔を輝かせ、お母さんの手を振りほどくと近くの木に駆け寄ります。
「ママ、セミとって。おうちで飼おう」
追いついてきたお母さんの顔を見上げ、男の子が無邪気に笑います。
それを見たお母さんの顔にも笑みが滲みました。

「セミはね、幼虫のまま土の中で7年もずっと大人になるのを待っているんだよ。
   それなのに外に出てきたら1週間しか生きられないの。
 可哀想だよね」

 

和やかな気持ちでこの親子の会話を聞いていたわたし。それなのに、
あれ?なんだろうこの気持ち……。
何か違和感が胸の中に残りました。

 

家に帰っても、その正体不明のモヤモヤは消えなかったので、思い余って人生で初めてセミについて調べてみることに。

ふむふむ……これによると、セミが幼虫として地下生活する期間は3~17年。そして成虫期間が1~2週間というのは俗説で、実際には1ヶ月ほど地上で生きるようです。
たとえ1週間ではなく1ヶ月だとしても、何年もある地中生活に比べると格段に短い地上での生活。
地上に出てきて、その短い間にパートナーを見つけ、子孫を残すために懸命に鳴くセミ。
それを達成しない間に鳥に食べられたり、子供に捕獲されたりする事も勿論あるでしょう。

確かに人生、いや蝉生の最高潮を地上での生活だと思うと本当に儚いものです。
それでも「可哀想」という単語はなぜかわたしの中でしっくりこないのです。

セミと非リアの共通点?!

それと似たような気持ちになった出来事が以前にもありました。

「〇〇o〇さん婚活頑張ってw」
「私ぶっちゃけ結婚願望全くなくてさぁ」
「そのうちいい人が現れるよ」


同じゼミの友人Tさんに対する、知人Aさんの言葉です。
※プライバシーに関わるのでゼミ生については完全匿名でお願いします!

 

この会話、聞く人によっては自然な流れに見えるのでしょうか。
わたしからすると、全く噛み合っていないと感じるこの会話、非常にモヤモヤさせられました。

「そのうちいい人が現れるよ」と言ったAさんの中では
「人はやがて結婚するのが当たり前」「誰もが結婚したいと思っている」という絶対的な価値観があるのだと思います。

そのAさん目線で先程の会話を見てみましょう。


Aさんのそれまでの人生で培われた価値基準では、
「私ぶっちゃけ結婚願望全くなくてさぁ」というTさんの言葉はおよそ受け入れられない言葉でしょう。
まさに未知との遭遇
気持ちはさながら火星に初めて降り立って、理知ある生物と言葉を交わした宇宙飛行士のようです。
しかし目の前を見ると、そこにいるのは至って普通の、自分と似た姿をした人間なのです。

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同じ人間が結婚を望んでいない……だと?
本心なのか?いや、そんなはずはない。
たまたま不幸な恋愛ばかりして来たから思考がねじ曲がってしまったんだ!
もしくは本当は結婚したいのに望むような相手が現れないから強がっているのだ!
そうだ、そうに違いない!
ああ、なんて可哀想な独身女性なんだ……。
 そんな風に考えると納得がいき、嵐のように乱れていた胸の奥が鎮まっていくのを感じます。

「そのうちいい人が現れるよ」

 

Aさんのような価値観は、はっきり言って多数派です。
この多数決の世の中では、結婚「できない」Tさんは可哀想な存在なのです。

でも本当にそうなのでしょうか?

 

わたしはTさんと親しくする中で、「結婚願望がない」という言葉が、Tさんの強がりや、結婚「できない」負け惜しみなどではない事を知っています。
Tさんが「結婚する」事を当たり前のこと、ましてや人生のゴールだなんて考えていないのは明白なのですが、
かと言って「結婚しない」という事に固執している訳でもなく、非常に自然体なのです。

ほんとうに「可哀想」なのはだれか?

わたしは結婚信者でも独身奨励者でもありません。
結婚には結婚の、独身には独身の良い所があり、それぞれに大変な所があると思っています。
その上で、既婚未婚問わず、その人の生き方が「可哀想」かどうかを決めるのは、周りではなく、その人自身だと思うのです。

同じ理由で、一般的に恋人がいない人を指して用いられている「非リア(リアルが充実していない人)」という呼び名にも違和感を覚えます。
ネタ的にはわたしも普段使う言葉なのですが(笑)
充実感なんて、どう考えても主観的な物ですから、自分が「リア充(リアルが充実してる人)」かどうかを決めるのだって、他ならぬ自分だと思うんですよね!

 
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土の中にいるセミの幼虫だって、自他共に認める「非リア」のTさんのように、案外土の中での生活を謳歌しているかもしれません。

干物女子を公言している私が書くと、この記事自体が虚勢を張っているように見えてしまうのかもしれませんが(笑)
少し立ち止まって自分の価値観を見つめ直し、その枠を飛び越えてみると案外面白い発見があるかもしれませんよ。

 

まさかこう来るとは…!あ、いや、記事中のTさんは私のこととは限りませんが!!
誰しもが、多かれ少なかれ、マイノリティ的な要素を抱えていると思うのですよね。それが表面化しやすいかどうかの違いだけで。 全てが標準で平均で多数派の人間なんて、どこにもいないのですから。
その自覚が薄いと、他者のマイノリティ性にも横暴になってしまうのかな、と、今は考えています。
あと、再度申し上げますが、記事中のTさんは私とは限りません。

【次回予告】
9月14日(水)

なつめによる小ネタ更新です。
ぜひぜひゼミ室にお茶しに来てね♪

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