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ツイッターと依存症 〜交流と注目が生む快楽〜

皆さまごきげんよう干物女子大学、人間観察ゼミのトフィーです。今日は私の個人論文を発表したいと思います。
自己紹介をしますと、ここ1年ほど、いわゆる「ツイッター廃人=つい廃」と呼ばれる生活をしていたのですが、最近卒業しました。つい廃生活はとても楽しく、学ぶことが多かったです。
この1年間のツイッター生活総まとめとして、私自身や周囲のつい廃達が陥っていた状態について、観察と考察を発表します。

携帯電話というツールが誕生してから、様々な「ツールへの依存」が問題視されるようになりました。古くは、ケータイ依存、メール依存に始まり、現在は言葉を少々換えて、スマホ依存、SNS依存…。

これらに共通する本質は、ケータイ・メール・スマホSNS等を媒体とした、他者とのコミュニケーションへの依存症化です。これらのツールからコミュニケーション機能を取り除いたら、依存症者は激減するでしょう。
それを前提に、各ツールの特徴から、原因となる快楽や欲求の質の違いを考えた方が、より依存症者の実態に近い描写ができると思います。

この記事では、「コミュニケーション依存」と、「ツイッターでコミュニケーション依存に至る過程」について考察を進めます。

コミュニケーション依存の仕組み

そもそも依存症とは?

それほど重要ではないもの、または重要ではあるがそれほどの量・時間をかけなくてもいいことに対して、「〜がないと生きていけない」ように感じて、繰り返し接する状態を指します。
引用:脳内麻薬 人間を支配する快楽物質 ドーパミンの正体

何らかのコミュニケーションツールなりに依存したことのある人は、思い当たる節があるのではないでしょうか。
「面白いことを投稿したい」「誰かと絡みたい」「これがなくては退屈すぎて死にそう」「親指がアプリを勝手に開いてしまう」…はい、つい廃だったときの私の心理状態です(笑)

依存症者の脳で起きていること

快感を支配する脳内の回路「報酬系」は、私たちの体が生存のために用意した「自分へのご褒美」です。大変魅力的なものですし、うまく働いてくれれば非常に便利な回路です。
しかし私たちの体のほかの部分も電気的・化学的なシステムですから、思いがけないことで設計通りに動いてくれないことがあります。
その一つが、本来の設計とは違う方法で「ご褒美」を得ようとする病気、「依存症」です。
引用:脳内麻薬 人間を支配する快楽物質 ドーパミンの正体

つまり、コミュニケーション依存症は、他者とのコミュニケーションの成立が、「ご褒美」として、脳の報酬系に過剰に刻まれた状態と言えそうです。

SNS、とりわけツイッター

大元はコミュニケーション依存であっても、依存媒体として使うツールは人によって違います。この違いはツールによる機能や仕様で、利用者が満たされる快楽や欲求に違いがあるからです。
ここでは、ツイッターと、Facebook・LINEを比較しながら、特徴を挙げたいと思います。

①コミュニケーションの気軽さと速度

ツイッターは気軽かつスピーディなコミュニケーションを取りやすい仕様です。一方、Facebookは、発信者の文章や画像へじっくり着目させる仕様になっています。

ツイッターの気軽さは、140字制限によるところが大きいです。これにより途端に投稿ハードルが下がるのです。宣伝アカウントでもない限り、毎度推敲する人は少数派でしょう。

これがFacebookだと、一まとまりの文章としての投稿が増えます。それに対する感想も慎重なものになりがちです。

②オープン性

ツイッターは、フォロワーに対して、常にツイートを公開します。公開アカウントであれば、フォロワー以外の人も閲覧可能です。誰と誰が繋がっているかも確認可能です。一方、LINEは特定のメンバーにしかやり取りは閲覧できませんし、誰と誰が繋がっているかを確認できません。

このツイッターのオープン性は、色んな人の人間関係やコミュニケーションを閲覧できると同時に、自分自身も誰かに見られていることの裏返しです。

ホットスポット

LINEやFacebookとは異なる仕様として、ホットスポット性も挙げられます。ツイッターだと、リプライがたくさんついて盛り上がっている投稿は、タイムラインの上部へ表示されます。どの投稿がどのように盛り上がっているか、一目でわかるのです。テンポよくリプライが続けば、その分だけ親ツイートが何度もタイムライン上に浮上します。そのため、フォロワーの多くが何回も同じツイートを見かけることになります。

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これら3点のツイッターの特徴を踏まえ、依存の過程を考察したいと思います。

交流による充足感、注目による高揚感

依存症を考える上で外せないのが、報酬の存在。ツイッターにおけるコミュニケーション依存症者にとっての報酬は、「お気に入り・リプライ・リツイート」といった反応です。

ツイートする→反応がある→嬉しい(報酬化)→より反応があるようなツイートをする(ツイート量を増やす、極端なキャラ路線に走るetc)

ここまでは他のSNSについても、似たようなプロセスで依存症化すると思います。

その中でもどうしてつい廃はツイッターがいいのか?
FacebookやLINEよりも、匿名性が高く、色んな人と交流できる、というところに惹かれる人が多いように思います。
しかしそれだけでは、「普通のツイッターユーザー」と「つい廃」の、ツイッターへのコミット量の差を説明できません。

私が、「ああつい廃同士のノリだなぁ」とよく思った場面は、「リプライ合戦」が発生したときです。

リプライ合戦-タイムライン上のホットスポット

ツイートする
→リプライがつく
→それに対して瞬時にリプライをする
→更に相手から瞬時にリプライがつく
→更に自分も瞬時にリプライをする

ここらへんからリプライ合戦化。ホットスポットとして、常にタイムラインの上の方に親ツイート・リプライが表示される。他のフォロワーの目を気にし始める。返事をしている相手だけでなく、他のフォロワーを意識した内容になることも。

→瞬時にリプライがつく
→他の人からも反応がつき始める(「やっぱり注目されていた!」)
→反応が反応を産んで脳内麻薬ドバドバ状態

 

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つい廃の誕生である。

高速かつ高頻度の交流により、自分達のツイートの流れがホットスポット化、他のフォロワーからも注目され、反応が増えると、もう脳内の報酬系はフル回転です。交流が注目を生み、注目が交流を生む…という、2つの快楽が満たされつつ拡大していく、二重螺旋的な報酬構造になっているのです。

そしてつい廃は、他の人達のツイートにも素早く反応するため、周囲にも「コミュニケーションの報酬」を与えてつい廃化させるという、負の連鎖が始まるのです……。

依存症者が持つエネルギー量

依存症は、「何かに対して、注ぎ込めるだけの余裕が有り余っている人」がなりやすいように思います。時間や心身のエネルギーがあって、何らかの行為に没頭すること自体は、自己実現の観点から見ても素晴らしいことです。

ただし問題になるのは、その依存のせいで自分自身を脅かしていたり、本当に実現したいこととは別の行為に没頭してしまっていたりする場合です。
例えば、仕事や家庭生活に支障をきたしていたり、本当は他に実現したいことがあるのにその努力から逃げるための依存行為だったり…。
せっかく持っているエネルギーという名の資産を、本来自分が望んでいないものに費やすことは本意ではないでしょう。

特に、コミュニケーション依存の場合、酒やタバコのような物質への依存と違い、報酬は他者ありきです。他者はそもそも自分の思い通りにならない存在です。そこに依存することで、報酬欲しさに支配・操作しようとする行動に出たり、他者の気まぐれな発言・行動に必要以上に揺さぶられたりするようになります。これでは、周囲も自分自身もしんどいでしょう。

私がつい廃を卒業できたのは、実はずっと「このままだと本当に実現したいことが実現できない」という危機感を持っていたことと、思い切ってツイッターを断ち切る覚悟ができたこと、そしてエネルギーを注ぎ込む対象を"本当に実現したいこと"&このブログに変更したことが大きいです(笑)

おかげで、本当に実現したいことのために転職も決まりましたし、このブログもとても楽しいです。

ツイッターではとても多くのことを学びました。その学びは今後に活かすこと、コミュニケーション依存における罠には二度とはまらないこと、この観察・考察が誰かにとって有益になることを願い、初回個人論文を皆様に奏上したいと思います。

何気なく使っている「依存」という言葉。その時私たちの脳内で、こんな事が起こっていたんですね!Twitterって上手く出来てるなぁ。
どんなツールでもそれが良い影響を及ぼすか、悪い影響を及ぼすかは結局のところ、使い次第。使ってるつもりが、使われてる、という事のないようにしなくてはと考えさせられました。
最後にトフィーさん、転職成功おめでとうございます♪

【次回予告】
9月21日(水)、トフィーによる小ネタ記事です!
女性にありがちな、しょうもない側面にスポットライトを当ててみました。

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