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おしゃべりなココロ

なつめ 小説 恋愛

なつめです。今回はちょっと趣向を変えて小説風にお届けします。

 

「心の声の翻訳機……?」

店頭に並べられた、見慣れない商品の説明を読んでいて、思わず声が漏れた。
幼い頃に一時期話題になった、犬の言語翻訳機なる物の存在をふと思い出す。
あの時にその商品を買って、今もまだ使っている人は果たして居るのだろうか。

 

私は、人の感情を読み取ること、いわゆる「空気を読む」事が苦手だ。
「お前って空気読めないから、一緒にいてイラつくんだよ」
元彼から吐き捨てるように言われた別れ際の台詞は、今でも時々夢に見る。

空気を読むってなんなの?
大体空気なんて無色透明なのに、そんなもん見えるわけないじゃん!
言ってくれなきゃ分かんないっつーの!

そんな事を心の中で叫びながら、最寄り駅から家までの帰り道、ふらっと立ち寄った電器店で見つけたのが、その商品だった。

詳しい説明は何もないが、安っぽいパッケージからは、どう見ても役に立つ商品とは思えない。
しかし、価格も手頃だし、面白いかなという軽い気持ちで買ってみることにした。

 

家についてから、早速箱を開けてみる。
取扱説明書の、蟻が這うような字に辟易し、読むのを諦めてすぐさまゴミ箱に投げ捨てた。

取り出した商品は、小さなブルートゥースイヤホンのような形をしている。
後ろについているボタンを適当に長押しすると、ほんのり赤いランプが点灯した。
どうやら電源が入ったようだ。

どの程度のクオリティなのか、使ってみたい衝動に駆られるが、生憎ひとり暮らしなので、試す相手がいない。

そうだ!
最近ちょっと気になっている男友達に電話をかけてみよう。
もしかしたら、この翻訳機が話のネタになって、彼との距離が縮まる事だってあるかもしれない。

奥手な私は、普段ならそんな事考えもしないのだが、好奇心は時に人を大胆にさせるようだ。

 

やや長めのコールの後に聞こえた、
「もしもし」
という声は、眠そうな気もしたが、やはり私には相手の感情が分からない。
仕方なくおずおずと尋ねる。
「ごめん寝てた?」
「あー寝てたわ。(長くなりそうだから寝てた事にしとくか)」

あれ、今なにか聞こえたような。

「えっ?本当は起きてた?」
「何言ってんの?寝てたし(何で分かったんだ)」

確かに、このイヤホンから聞こえた。
という事は、これがもしや、彼の心の声?

びっくりして一瞬信じかけたが、ただランダムに言葉を流し、それらしく聞かせているだけなのだろう、という結論に落ち着いた。
もしかしたら、よくある音声認識系のオモチャなのかもしれない。

それにしても、勢いで電話してはみたものの、一体何を話せば良いのだろう。
逡巡していた私の耳に、再びこんな声が聞こえてくる。

(あぁ、何の用だよ。早く電話切ってラーメンでも食いに行きてえな)
今度はハッキリと聞こえた。
間違いなく彼の声色だが、一体どういった仕組みなのか。
私の中にある好奇心がむくむくと音を立てる音がした。

「ラーメン食べに行くの?」
冗談のつもりで聞いてみると、
「え?いきなり何?(さっきからなんだよ。気持ち悪いな)」

やはり聞こえる。
電話から直接聞こえてくるのとは別に、イヤホンから聞こえてくる声。
オモチャにしてはそれらしく、よく出来ている。

「何ラーメンが好きなの?」
「いきなりなんだよ」
受話器ごしにフッと息を吐いた彼は、話を早く切り上げたいのか、答える気はない様子だった。
しかし、イヤホンからはまたしてもはっきり聞こえてくるのだ。
(ラーメンと言えば味噌でしょ!あっ、でも最近は魚介ダシのラーメンも美味しい店増えたなあ。)

会話として成り立っているのがなんとも不思議だ。
それが彼の心の声だと信じる程に単純ではないが、少し楽しくなってきた私は試しにその言葉を繰り返してみる事にした。

「私は味噌ラーメンが大好きなんだけど、最近は魚介系のスープにハマってて……」
言い終えるか否か、

「えっ?!マジで!俺も最近、魚介ダシが効いた美味いラーメン屋見つけてさぁ」
食いつく、とはまさにこういう事を言うのだろうという反応。
人の感情が読めない私でも、彼の態度が明らかに前のめりに変わったのがわかった。
この変化はどうしたというのだ。

そして、同時にイヤホンからも
(こいつ結構、話分かるじゃん!)
耳にくすぐったい言葉が流れてくる。

まさか、いや、でも、もしかして、
……ホンモノ?

 

──。
電話を切った私は、暫く脱力して宙を見つめ、思い出したように、ほぅと一つため息をついた。
時間を忘れて話をしていたら、いつの間にか一時間も経っていた。

イヤホンから聞こえてくる言葉をただ繰り返すだけで、話がどんどん盛り上がり、この週末には、一緒にラーメンを食べに行く約束まで取り付ける事ができたのだ。

嘘みたいな話。
だけどここまで相手の反応が露骨に違うと、これはもう、このイヤホンから聞こえるのが相手の隠している本心なのだと認めざるを得ない。
そしてふと考える。

この翻訳機さえあれば、彼と付き合う事だって夢じゃないかもしれない、と。

 

それから私は彼と会う時には必ず、このイヤホンをつけるようになった。
幸い小ぶりなので、耳にかけていた髪の毛を下ろしてしまえば誰にも気づかれずに済む。

この翻訳機を使えば、彼がどんな事を考えているのかが分かる。
彼が何を言ってほしいのかが分かる。
彼がどんな事をしたいのかが分かる。
この翻訳機を使いさえすれば……。

私は彼の心の声を言葉でなぞり続け、彼のしてほしい事を先回りしてやり続けた。

そうすると、徐々に彼の心の声は
(こいつってほんと、気が効くよな)
(好みが合うから、一緒にいてめちゃくちゃ楽だわ)
などという好意的なものに変わっていった。
それに伴い、心の声と同じ言葉を直接言ってくれる事も増えていく。

これは、いける!!

 

毎週のようにデートを重ね、毎晩電話をする仲になったが、なかなか彼の口から決定的な言葉は聞けない。
もう、私から動くしかない。

定番になったラーメンデートの帰り、2人並んで夜道を歩く。
(ああ、今日も充実してたなあ)
彼の心の声が、私の背中を押す。

「ねえ、今更だけど」
「ん?」
「わたし達付き合おうよ。ずっと好きだったの」

彼の本心を知っている私には、答えは分かりきっていたが、それでもやはりどこか緊張していたのだろう。
掌がじっとりと湿っていた。

わたしは彼の心の声と、彼の肉声が、OKを告げる瞬間に神経を集中させた。

 

(げっ!!)
しかし、彼の心の第一声は耳を疑うようなものだった。

今なんて言ったの……?
彼の方には私の心の声は聞こえるはずがないのだが、思わず無言で問いかける。

(うわー、マジかよ。気の合う友達だと思ってたのに。恋愛?むりむり。こいつが彼女とかないわー)
追い打ちをかけるように聞こえてきた言葉は、先程のリアクションが、けっして聞き間違いなどではなかった事を教えていた。

今までの全部が、私の勘違いだったなんて。
友達として好意を示されただけなのに、ひとりで舞い上がって、調子に乗って……。バカみたい。

彼が一言も発しないうちに、失恋が確定した私。
それはもう世界一惨めで、その場からすぐにでも逃げ出したい気持ちだった。

彼の唇がゆっくりと動く。
何を言うかが分かっているだけに、余計に聞くのが辛い。
涙が今にも溢れてしまいそうだったが、彼の断り文句を聞かない訳にもいかず、私は覚悟を決めた。

「俺、実は恋愛にトラウマがあってさ……」
彼が予想外の言葉で語り始める。
そんな回りくどい言い方せずに、さっさと振ってくれたら良いのに。

「今は誰とも付き合う気ないんだよね。」
ああ、そういう感じですか。
心の中でため息を一つ。
本当はこいつないわーって思ってるのに、傷つけないよう遠回しに断ってくれるんですね、はいはい、優しいですね。
心の声を聞かれないのを良い事に、冷めた口調で悪態をつく。

しかし、彼の言葉はそこで終わりではなかった。

「でもお前の事いいやつだと思ってるし、いつか好きになれるような気がするんだよね。ちょっとだけ待って貰えないかな」

野球で言えば逆転満塁ホームラン、サッカーであればえーっと……、とにかく大逆転勝利である。
チームメイトが駆け寄り、祝福の胴上げをされ、喜びにガッツポーズを決めるべき瞬間。
現実世界では、潤んだ瞳で彼を見つめ、
「嬉しい」
と呟いて、ひしと抱きつくべき場面であろう。

だが、わたしの口から出たのは
「はぁ?」
今までの人生で、自分でも覚えがない程低く、暗い色の声だった。

なぜなら、今や耳に馴染んだそのイヤホンが、彼の本当の気持ちを教えてくれていたから。

(こいつと付き合うとか、絶対めんどくさい事になるわー。あ、でもセフレならありかもな。適当にトラウマとか言ってたら恨みも買わないし、同情されていい所どりでしょ。こいつちょろそうだもんなあ。)

 高らかな笑い声が耳の奥でこだまする。
目の前にある、彼の申し訳なさそうな顔。
そのギャップを受け入れる事を拒むように、頭が鈍く痛む。

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心の奥の方で、何かがぷつりと切れた音が聞こえた。

「ふっざけんじゃないわよぉぉぉぉ!!!!」

 

その後どうなったか?
それはご想像にお任せするとしよう。
私は心の声翻訳機をクローゼットの奥深くにしまった。もうきっと使う事はないと思う。

暫く経った今だから思う。
人の感情が読み取れないのは、とても大変で、でもとても幸せなことなのかもしれない、と。

そんな事を思いながらほんの少し口元を緩めていると、
「何ニヤニヤしてんのよ!ほんと空気読めないんだから!」
上司の怒声が降ってきて、私は身をすくめた。

そして私は今日も、空気が読めないことの幸せを噛み締める。

強烈な展開とオチ!!心が読めても相手の心が手に入れられるわけではないし、相手の暗部を直に見てしまう…と。主人公に感情移入して読むと「この男サイテー!」ってなるところですが、よく考えたら私も過去のモラハラ上司や元彼に無意識に呪詛をかけてるときありますわ…根暗かよ…。

【次回予告】次回更新は11月23日(水)
なつめによる小ネタ更新です。食事にまつわる、干物の特徴をテーマにお届けします!

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