読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

無口なココロ

トフィー 職場 小説

トフィーです。なつめさんが以前書いた小説「おしゃべりなココロ」から着想を得て、オムニバス的な続編を書きました。とある会社の人事部の様子です。

 

「中山さんは気が利くねぇ」
 職場では、今日も後輩が褒められている。
俺から言わせてもらえば「点数稼ぎ」にしか見えないのだが、昔ながらの上下関係を引きずった課長には、効果絶大らしい。若い女にお茶汲みしてもらって鼻の下伸ばすような初老にはなりたくないものだ。
 まぁ女の方も、尻尾振ってお茶汲みするのだから、お似合いか。「今時お茶汲みを仕事だと思ってんじゃねーよ。総合職なんだから、給料に見合った仕事しろよ」、喉まで出かかった言葉を、ペットボトルの水と一緒に飲み込む。
「高橋も少しは見習えよな!」
 突然、課長が俺に向けて言うものだから、口に含んでいた水が素直に喉を通らず、咽せてしまう。
「…はい」
 咽せながら、辛うじて返事をする。課長はニヤニヤしていた。また、課長の側に立っていた女ーー中山は、お盆を両手に抱えたまま、俺に申し訳なさそうな顔を向けていた。
『ケッ。ご機嫌とりしかできねぇくせに。こっち見んなよ、ウゼェな』
 心の中で呟いただけだったのだが、まるで俺の心が聞こえたかのように、中山は俺から目をそらし、自分の席に戻った。
 と言っても、あいつの席は俺の真ん前である。ノートパソコンの画面は、互いの顔を隠してくれる高さではない。
 チラリと中山を盗み見ると、向こうも同じタイミングでこちらを見ていたようで、目が合った。すると中山は「マイお盆」を机の引き出しの中にしまって、すぐさま顔をノートパソコンに向け直した。
 やっぱりこの女、ムカつく。

 俺の務める会社は、バブル期に創業した求人広告代理店だ。創業時はそれこそ飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、バブル崩壊後の逆風の中でも淘汰しなかったのは、中長期の採用戦略に基づいた提案営業が刺さったから、らしい。「今採用を絞ったら、10年後、誰が御社の主力を担うのですか」と毎日説得して回ったそうだが、そう言っている自分達は1年後すら危うかった、という笑い話である。
 社長はその苦労時代に恋々としているようで、「いつまでも攻めの精神を」なんて事あるごとに掲げる。特にその空気は営業部に根強く、現在も6期連続で売上を伸ばし続けている。
 一方、そんな営業部におんぶに抱っこの管理部門は、同じ会社とは思えないほど、呑気で低迷した空気が流れていた。ここ、人事部がその筆頭である。部長も課長も50歳を超えているようでは、肉食系ベンチャーのような「新しい風」だとか「実力主義」なんてものは根付かない。
 結局中間管理職が、前時代的な価値観を捨てられずにいるから悪いのだ。高い付加価値を生み出し、生産性を向上させることが求められる現代で、総合職のくせに何の価値も生み出さない仕事ーー上司へのお茶汲みーーが、平気で行われていることに、誰も疑問を持たないような部署だ。

「御社の採用戦略のノウハウを学び、成長したいと考えています」

 だから、何も知らない学生の志望動機を聞くたびに、俺には同情と苦笑しか湧いてこないのだ。
 新卒の採用面接は、その嘘臭さと青臭さに満ちた空間に耐えなくてはならない、最も苦痛な仕事だ。いつもは課長と人事部社員のペアで一次面接を行うのだが、今日は俺だけでなく、中山も同席していた。つい1、2年前に大学生だったやつが、上司に気に入られて、今度は選別側にいる……ふざけた話である。
「ありがとうございます、では、最後に何か質問はございますか?」
 面接は問題なく進行する。緊張で慌てふためいている学生が多い中、落ち着いた受け答えをする、なかなか優秀そうに見える学生だ。学歴も悪くない。スーツや靴にも汚れやほつれもなく、ケチのつけどころが見当たらない。
 ファシリテーターである課長の脇で、面接中のメモを取りながら、俺はこの学生の合否の行方を考えていた。

「それでは、お帰りください」
「はい、本日は面接のご機会をいただき、誠にありがとうございました」

 面接室を出て行くときも、しっかりと礼をし、丁寧にドアを開けて、立ち去っていく。それを確認した頃、課長の社用携帯に電話が入り、課長もまた面接室を慌てて出て行った。おいおい、次の面接まで30分はあるから良いものの、あんたがいなくなってどうするんだ。
 少し姿勢を変えただけで、安っぽいパイプ椅子がギギギと音を鳴らし、室内に響く。
 今の学生のエントリーシートを眺める。隣の中山の存在を無視するための行為だ。

『企画サークルでの経験を活かしながら、貴社の採用戦略のノウハウを学び、成長と貢献をしたい』……ああ、この学生は、きっと…………

「不合格になる、と…?」
「あ、あ?」

 何だ、こいつ、急に話しかけてきたりして……まるで視野の外からぶつかってきたような衝撃だった。考える間もなく、エントリーシートから視線をはがし、中山に目を向けた。
 そんな俺の焦りを知ってか知らずか、中山は「印象は悪くないようでしたが…」と続けた。
「印象って、そりゃ中山さんの印象だろう? それだけじゃ合格にはならないだろう」
「あ、いや、私のではなく……あ、いえ、はい、そうです。印象の良い学生だと思いました」
 中山は変にまごつきながら、右耳のあたりを指で抑える仕草をした。その素ぶりに違和感を持ったものの、俺は普段の鬱憤を晴らすことを優先した。
「問題はあの志望動機だよ。営業志望は、特にそこが見られる。あんな小ぶりにまとまっているようじゃダメだ。逆に言えば、多少荒削りでも、志望動機さえ光るものがあれば、採用する。まぁ、中山さんは管理部門志望で入って来たのだろうから、知らないだろうけど」
 ーーあんな「面接対策マニア」なんかを評価するようでは、お前のときの採用もさぞかし甘々だったのだろうな。どうせやりたいことも特になくて、何となく入社したのだろう。そんな嫌味を押し殺す。
 するとどういう訳か、一瞬中山の表情が痛々しく歪んだ、が、すぐに持ち直して、口を開いた。
「でも、確かに、彼は、「面接対策」をしっかりしているようでしたね…。多分、他の企業の面接も進んでそう。だからあの落ち着きだったのだと思います」
 ほう。さすがに少し言い過ぎな気もしたが、確かにそれは一理ある。まぁそのあたりの事情は学生と企業の暗黙の了解ではある。ただし採用コストを考えれば、志望度の低い学生は、できるだけ早めに落としたいのも事実だ。
 やはり、課長には不合格を進言しよう。
「高橋さんは、採用面接のとき、どんな志望動機を言ったのか、覚えてますか?」
 何だ、変なことに興味を持つ奴だな。だが、悪い気はしない。
「採用戦略の強化、立案。企業は景気次第で採用人数を上下させがちだけど、そんな不安定な組織だと、経営者も従業員も得しないだろ。だから、採用数が数年後の社員構成にどんな影響を与えるかや、今後の人口動態から採用がいかに難しくなるかと言った切り口から、提案したかった」
 正直言うと、当時はこんなに綺麗な言葉にまとめて説明できたわけではなかったが、戦略性を強化した営業を行いたかったのは事実だ。その熱意が買われて内定をもらったのだ。
「高橋さんは…すごいですね」
 喉の奥から重々しい言葉を引きずり出したように、中山は慎重に返事をする。その様子に気を良くして、「早く営業に異動したいんだがな」と、普段なら絶対漏らさない本音をこぼしてしまった。

 ー-と、あまりにも単純で無防備な高橋さんの心の声は、いつだって筒抜けだ。この、髪の毛の下に隠れている、右耳の「心の声の翻訳機」に掛かれば。
 高橋さんが自分の境遇に苛立たしく思っていること、そのストレスを新人に向けること、そんな高橋さんの様子を課長は「コミュニケーションに問題あり」と見なしていること、そして高橋さんの営業部への異動は絶対に叶えられないであろうこと……私は全て理解していた。
 高橋さんは勘違いしているが、うちの会社の営業部は、そんなに戦略立てて営業をしていない。戦略を立てるのは社長を始めとした、上層部だ。営業部隊はどこの会社にもよくある、肉体と根性の世界だ。それでも高橋さんが採用されたのは、リーマンショック前の好景気による人手不足だったから、に過ぎない。例年なら恐らく落とされていた。
 これらの情報も全て社内の人から「聞いた」ものだ。もちろん、社内の噂好きが集まる井戸端会議に参加したわけではない--むしろそういう場に入り浸る社員は往々にして嘘を掴まされているし、社内評価も悪くなる一方だ--。心の声の翻訳機さえ耳につけていれば、私は誰よりもこの会社の真実を知れる。そして、私が今何を求められていて、何をしたら喜ばれるのか、逐一理解できたし、実行した。お茶汲みなんてわかりやすいぶりっ子も、課長以上のおじさん達は鼻の下を伸ばして喜ぶ。セクハラめいた発言にも、「やだ、部長ったら」と微笑めば、満足してもらえる。そうしていると、社内に敵はいなくなり(一部、うだつの上がらない社員が私を妬んでいたけど、そんなものは権力者の庇護の前では塵も同然だ)、居心地の良い職場に塗り替えることができた。
 こういったことを何も知らない高橋さんを、最初は嫌な人だと思っていたが、最近は同情ばかりしている。この人は、社内の誰よりも、情熱と純粋な心を持っている。やりたいことができると信じて、嫌々ながらも仕事をしているのだ……決して評価もされないのに。そんな姿に、私は私が無くしてしまった「何か」を揺さぶられるのだ。
「何かって、何だよ?」だって?そんなもの私が聞きたい。私は一体何を無くしてしまったのだろうか。
 ねぇ、あなた、私の声を聞いているんでしょう?ねぇ、私は、一体何を無くしてしまったの?私は本当は何を欲しているの?
 ああ、いけない、いけない。またやってしまった。最近では、「自分の声も聞かれている」前提で、心の声を紡いでしまうのだ。

「では、あなたの志望動機を教えてください」

 新たな学生の面接が始まり、課長が尋ねる。この学生は、まだ漠然としてはいるが、「海外企業への就労を促す仕事」をしたいようだ。また、課長は、真面目でコミュニケーション力の高い学生かどうか見極めようとしていた。高橋さんは、自分が学生だった頃を思い出して、その時の自分と似ている人材かどうかを品定めしたがっていた。そして私の心は、私が何をしたいのか、何も語らなかった。

f:id:himojo_zemi:20170226185226p:plain

 

前作

himojo-zemi.hatenablog.com

 

周りの人の心の声に合わせて行動するうちに、肝心な自分の心の声が聴こえなくなり、本当に自分がしたい事を見失ってしまった主人公。心の声翻訳機が無くても、周りの求めに応じた自分を演じているうちに、ふと本当の自分ってどんなだっけ?と感じる事はあるような気がします。このオムニバス形式の小説、需要があれば次回に繋げていきたいです!

次回予告
3月1日(水)はなつめの小ネタ更新です。

広告を非表示にする