王様

大きな窓を開けると朝のきりっとした空気が部屋にいっせいに入り込んでくる。それを慌てて自分の身体と共にベランダへと押し出し、私は後ろ手に窓を閉めた。
世界は既にほんのり色付き始めていた。私は夜と朝の境界を見逃すまいと東の方角に目を凝らす。そして感嘆の声を漏らす。

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その瞬間を目にしたのは初めてでは無いはずだった。しかし、こんなにも一瞬で世界は変わってしまうものであったか。
ベランダに素足のまま立ち尽くした私はしばし世界を独り占めする。頭の隅で、きっと同じように、今この瞬間の世界を自分の物と決めた人が数え切れない程いるんだろうなと思うと、ちっぽけな自分が滑稽で可愛らしく思えた。

湖面を優雅に游ぐ鴨や、跳ねる魚。隊を成して飛ぶ鳥の群れ。世界にただ一人だった私の時間が動き始める。気付けばそれらは照らし出される前から、自分の存在を知らせていた。
虫の音を聞きながら、あの虫も同じようにこの世界を独占する事があるのだろうかとふと考える。学校の先生は人間の思考力を特別な物と教えたが、切り取った世界のたった一片がこんなにも美しいのなら、私も、虫も、大して違いはないように思えた。

自分のくしゃみの音に、冷え始めた身体に気付く。自分の身体さえ思うようにならない事が、もどかしくも愛しい。
さっきまで王様だった私は、背を屈めてベランダに転がっていたピンク色の傘をたたんだ。

部屋に戻ると寝息が聞こえる。
私は一人では無かった。